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Weekly 10.13 OYAJI Hot-DogPRESS認定スゴイオヤジ・インタビュー #2 伊藤隼也さん(医療ジャーナリスト)カメラマンからの転身は父親を医療事故で亡くしたのがきっかけでした。

テレビや雑誌などでご存知の方も多いだろう。あるときは医療の現場にカメラ片手に飛び込んでその最前線を紹介し、またあるときはテレビカメラの前で医療の問題を告発する。熱い正義感に溢れた、新しいスタイルの医療ジャーナリストとして、今、多くの人々の共感を得ているのが、このスゴイオヤジ、伊藤隼也さんである。実は、伊藤さん、かつてはカメラマンとしてメジャー誌のグラビアに引っ張りだこであった。もちろん、当時は医療などへの関心は皆無。それがある出来事をきっかけに、グラビアカメラマンとしてのキャリアを捨てた。その出来事とは自身の父の死であった……。
社会にはいろんな闇がまだたくさんある
伊藤隼也さん(医療ジャーナリスト)

プロフィール
主婦の友社・写真部を経て1982年よりフリーランスカメラマンに。女優やタレントのグラビアで一躍、若手人気写真家に。94年、自身の父親を医療事故で亡くしたのをきっかけに、医療問題に関心を抱く。1997年、市民運動家として「医療事故市民オンブズマン・メディオ」を有志と共に設立し、医療改善のための活動をスタート。2000年より医学ジャーナリスト協会会員。2009年、「産婦人科の戦慄 首都東京をたらい回しにされ36歳妊婦は死んだ(週刊文春)」が、第15回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。著書に「これで安心!病院選びの掟111」(講談社)、「患者力で選ぶいい病院」(扶桑社)、「最強ドクター治せる!108人」(扶桑社)、「最強ドクターの奇跡」(扶桑社)などがある。

伊藤隼也さん(医療ジャーナリスト)
 かつてHot-DogPRESSの兄弟雑誌に『CADET』というのがあったが、巻頭インタビューページの写真を常に撮っていたのは、この伊藤隼也さんだった。当時は写真誌、アイドル誌の全盛期。グラビアを飾る被写体同様、人気カメラマンもまた引っ張りだこ。そんな時代に、伊藤さんもまた野心に燃え、『CADET』ばかりでなく、多くのメジャー誌のグラビアでシャッターを切り続けていた。若手人気写真家としての地歩を築き始めたそのとき、人生を一変する事件は起きた。
──お父さんを医療事故で亡くされて、どんな気持ちでしたか。
伊藤古い話ですが、ひと言で言うと、あれは家族にとって、とても受け入れる事ができない家族の死だったんです。病院側の説明では、理由は全然わからないと、可能性の説明さえありませんでした。しかも、病院には何の落ち度もないと力説する。原因不明の死。つまり病院は父の死について合理的な説明を何一つしてくれなかった。それでは、家族は受け入れることができない。家族の死を受容するには、やはりそれなりに納得できる説明が必要です。
 それで、僕は新聞記者や知り合いの編集者に相談しました。彼らは僕の話を親身に聞いてくれ、編集者は高名な医療ジャーナリストという人を紹介してくれました。ところが、その方に会って話をしたら、「それはけしからん、ぜひ私が相談に乗りましょう」と言ったきり、数日後からは僕が何度電話をしても居留守をつかう。まったく連絡がつけようがない状態になってしまったんです。
「それは問題だ。その病院の院長もよく知っている。ぜひあなた方ご家族の疑念をはらすお手伝いをしましょう」って言って握手して、僕は涙ながらに家に帰ってきて、母親にそれを報告したらね、すごく喜んだんですよ。でもなぜかその日から、そのジャーナリストとは何度連絡しても音信不通。
──それはひどい……。
伊藤知り合いの編集者からは、医療分野にも実績あるドキュメンタリーライターの方も紹介してもらったんですが、事態を説明すると彼が言い出したのは、大学教授に証言などを頼むには多額のお金がかかると。
──お金が?
伊藤そう、いきなり1千万円単位でお金がかかると言われたんです。この2つのことで、僕はいわゆるジャーナリズムというものに大きく失望してしまったんです。こんなものなのかって。それがきっかけで、自分でできることは何かないだろうかって考え始めました。
 まず、医療事故などの患者会を訪ね歩いて、だれか羅針盤のようになってくれる人はいないか、探そうとしたんです。もともとカメラマンだからフットワークはいいし、日本中どこでもいとわず出かけていきました。父が生きている間は親孝行な息子じゃなかったし、男として父親との間に、なんかこう、溝もありました。でも、父の死を受容できずに母親はひじょうに嘆き悲しんでいて、家の中もぐちゃぐちゃになっていましたから。
 40歳を迎えるころで、カメラマンとして、アーチストたるべく努力することを最優先させる生き方が骨の髄まで染みこんでいたんですが、親父のこの事件をきっかけに、ある意味、自分には写真以外の社会性がほとんどないってことに気づいたんです。日本人として生まれて、この国と自分がどう向き合うかっていう意味での社会性が自分にはないと思ったんです。僕自身はそれまで、何か社会的な問題が起きて興味を抱いても、当然誰かが何かをしてくれるだろう、またすべきであるという前提で生きてきた。ところが、ぜんぜんそうじゃないってことが、ある日、目の前に突きつけられて愕然としたわけです。社会にはいろんな意味での闇がまだたくさんある。でも、僕にはそれをどうにかする力がない。
──それで自分がやるしかないと思ったのですか?
伊藤そうですね。フォトジャーナリズムも好きで、香港返還のときも現地に結構長く滞在して写真を撮ったり、自分でテーマを見つけて取り組むという仕事もけっこうしていましたから。それで、医療事故の被害者の会に参加したり、自分の親父の医療事故を探求する旅みたいなものに出かけていったんです。すると、まあ、いろんな人に出会います。そこで知ったのは、医療事故の被害について体系的に整理したものがないということでした。医療ミスの本も出ているには出ていますが、ファクト(事例・証拠)がしっかりしていないんですね。僕が思ったのは、まず多くの事実を正しくフォトジャーナリズムによって社会に知らせるべきだと。それで、当時の週刊現代の編集者たちをしつこく追いかけ回しました(笑)。
──追いかけ回した?
伊藤ええ。医療過誤のドキュメンタリーをやりたいと言って何人かの編集者に提案をしたんですが、まったく相手にされない。「何言ってんの?」みたいな話で、「医療ミスをいったいどうやって写真にすんだよ」と言うわけです。ところが、ついにある編集者が根負けして、OKしてくれたんですね。
 撮影を始めると、僕自身が医療事故にあった被害者と目線が同じなので、皆さん、心を許して、障害のある姿や亡くなったご家族の遺影などに僕がカメラを向けることを認めてくれたんです。麻酔ミスで植物人間になってしまった人とか、ショッキングな事実をそうやって写真によって社会に知らせることができました。14ページのグラビアで、その後も含めてなんと2回もやったんですね。すごい反響がありました。
ラルフ・ネーダーのように国を動かさなければ
伊藤そのころは、情報をどんどん発信して、社会に知ってもらうことが必要なんだと思っていましたが、でも、やっぱり、どんなに頑張っても、個人や被害者の団体が発信できる情報は限られていて、なかなか国や医療界を動かすまでには至らないんですね。
 どんどん医療の世界をのぞいていくうちに、医療界の密室性だとか、医師免許に更新制度がなく、医療の質が保証されてないとか、多くの問題点や矛盾をつぶさに感じたわけです。いわばそこは市民目線からかけ離れた専門家の世界で、一般の人が手の届かない密室で、外部から批判することすら許されないような、そういう大きな権威が立ちはだかっているんですよね。
 そんなとき、当時1960年代に脚光を浴びていたアメリカの消費者運動家のラルフ・ネーダーのように、一つの国の政策を変えるような市民運動を日本でできないものかと思ったんです(ラルフ・ネーダーは自動車の安全性について告発し、アメリカ政府に法の改正をさせた=編集部注)。体制に対して果敢に運動するラルフ・ネーダーたちのように、僕たちも、ファクトをきちんと整理して、患者会などが世の中に突きつけていくことが必要だと強く感じたんですね。でも、やがてそれにも限界を感じるんです。
──限界とは?
伊藤たとえば、当時の医療過誤の患者会は、医療被害者が原則入会できることになっていたんですが、本当に被害者かどうかというスクリーニングはしていないんです。申告された被害も多数あるんですが、それらも整理統計化されていない。やっぱり、きちんとデータ化することが重要なんですが、じゃ、だれがやるのかとなると、お金の問題、人員の問題などにぶつかるわけです。もちろん患者会の人たちの中には本気で医療を改善したいという熱意ある人たちもいますが……。そういう経緯から、患者会の限界というものを肌で感じて、メディオという新しい在り方を目指した団体の発起人になったんです。
──どんな団体なんですか?
伊藤「医療事故市民オンブズマン・メディオ」です。ファクトを中心にした、医療事故のオンブズマン的な団体です。これにはずいぶん思い入れがあって、いろんな活動をしました。情報をたくさん発信してきましたし、有名な医療事件にもいろんな形でずいぶん関わりましたね。そこで強く感じたのは、こういう医療問題があると僕らがボールを投げても、受け取るメディアの感度や能力があまり高くないということ。
──つまり、メディアの反応や理解が十分ではないということですか?
伊藤そうです。ところが、2000年頃、たまたまNHKから、医療事故はなぜ起きるかというテーマの番組司会をしてくれないかという話がきたんです。いきなり僕のような素人が、専門家の間に立って、患者側の代弁者として、45分の番組を二夜連続で司会したんです。それからですね、いろんな広がりが生まれてきて、医療の問題をより広範に追い続けることができる環境ができてきたんですね。
伊藤隼也さん(医療ジャーナリスト)
伊藤隼也さん(医療ジャーナリスト)
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