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旅の達人に聞け!! 3 日本人の旅行のルーツは「お伊勢参り」に詰まっている!神崎宣武さん(旅の文化研究所所長)
そもそも日本人にとって旅とは何なのか? 旅の文化研究所の神崎宣武先生は、フィールドワークを繰り返しながら、そんな日本人と旅の関係について探り続けてきた。自らも旅の達人である、神崎先生に、日本人の旅行のルーツをひもといていただこう。

プロフィール
大学在学中から国内外の民俗調査・研究に従事。陶磁器の技術伝播の調査と民具の収集に始まり、食文化に展開。旅への関心は、フィールドワークの体験と旅先で出会った行商の人たちとのつきあいから。郷里の吉備高原では神主でもある。旅の文化研究所所長 、日本民俗学会会員 、文化庁文化審議専門委員など。

●旅の文化研究所
http://www.tabinobunka.com/

WHAT IS THE JOURNEY?

神崎先生の日本旅行史学、開講なり!!

今も昔も変わらない
旅の動機は「日常からの離脱」
──古来の日本人にとって、旅とはどんなものだったのでしょうか?
神崎先生人には「旅欲」があるんだと思うんです。食欲、性欲ほど切実ではないけれど、旅をしたい欲求がある。特に、日本は稲作が中心の農耕民族の国ですよね? すると毎日田畑と家の往復なわけです。くる日もくる日も同じことの繰り返しだと、いい加減に飽きてくるでしょう? どっか気分転換に行きたいと思うわけです。つまり、日常からの一時的な離脱。普段の生活にはない刺激が欲しくなる。そういう面があるのではないかと。他方、狩猟・遊牧民族なんかはそういう感覚はあまりないかもしれない。
──じゃあ、結構昔から旅行はあったということですか?
神崎先生特権階級は別として、庶民が旅行をしていることが史実として確認できるのが、江戸時代の中期。いわゆる元禄時代以降です。普通の農民が旅行に出かけていることが記録としてでてきます。
──え?そうなんですか? 時代劇なんかじゃ農民はいつも虐げられ、必死の思いで年貢を収めていた感じです。旅行なんてできたんですか?
神崎先生あれはお芝居ですからね。確かに戦国時代のような不安定な世の中には旅行になんてあり得ないでしょう。元禄時代というのは知られているように様々な文化が花開いた時代です。文化が生まれるのは社会全体に余裕があるから。国情が安定し、平和になったら、余計なところにも気が回るようになるわけです(笑)。
──そうだったんですか。でも、世の中が平和になったからといって、仕事量が減るわけではないでしょう?
神崎先生先ほど「年貢」と言われましたが、農業は一年中行われているわけじゃない。稲作は田植えをしてから収穫まで約半年。1年間のノルマを半年でクリアすれよかった。後の半年は内職や出稼ぎで収入を得て、家計の足しにしていたんです。開幕のころの年貢は取れ高の6〜7割は収めなければならなかったけれど、元禄くらいになると3〜4割程度になっていたんですね。半年頑張って働いて、年貢をきっちり収めてくれる。お上としては言うことなし。そしたら、少しくらい農民に羽を伸ばす機会も与えてやっていいじゃないかと。ただし、娯楽として旅ができたかというと、そうではありません。街道には関所がありますから、どこぞの農民が「旅行なもんでごめんよ!」なんて言ったところで、通してくれるわけがない。
──じゃあ、どうしたんですか?
神崎先生ほら、そこが日本人の得意なところですよ。「本音と建前」の使い分けです。旅行だとマズいけれど、お参りならOK。そこで出てくるのが建前としての「お伊勢参り」です。五穀豊穣、集落の安全を祈願するために、集落を代表して伊勢まで行くのが史実に残る「旅行」の始まり。しかも、旅行業者のエスコートがついたパック旅行。案内が付いて、至れり尽くせりの粋な旅行にだったようですよ。この旅行業者のことを「御師(おし・おんし)」と言います。その御師株が伊勢で600以上。全国規模のネットワークがあって、それぞれの担当テリトリーが決まっていました。今風に言えば、地区ごとに支店があって、社員が担当エリアに営業をかけてツアーを企画していたようですね。
──マジですか? ロッピャク? それだけ数があるってことは、ビジネスとしてきちんと回っていたってことですよね。
神崎先生ええ。あまり知られていないことですが、総合旅行業が世界で初めて生まれたのは日本なんですよ。世界中を見回しても、同時代にここまでシステマチックに旅行をプロデュースしていた記録はない。これはもっと日本人が胸を張って世界に誇っていいことだと思うんですよね。
1年分の生活費を使い尽くす
放蕩旅行が当たり前!?
──ちなみに一回お伊勢参りに出かけるとどれ位の費用がかかるんですか?
神崎先生江戸から出かけてお伊勢参りをして帰ってくるまでがだいたい40〜50日くらい。その費用はざっと15〜20両くらい。これは、当時のほぼ一年の生活費に相当します。お金の価値から考えると、高度経済成長期に海外旅行に行くのと、感覚的には似ているでしょうが、それ以上の消費です。
──とんでもなく高いじゃないですか!いくら当時の農民の暮らしが豊かだったとはいえ、1年間分の生活費を1カ月くらいでパーっと使うのはかなりの贅沢。みんなちゃんと貯金していたんですかね?
神崎先生そこが面白いところでしてね、江戸時代の人たちは非常に合理的な考え方をしていたんです。一人で費用を一生懸命貯金したとしても、相当時間がかかるし、大変です。でも、仲間内で積み立てすればどうだろう? 20両くらい1年間で貯まってしまうんですよ。それが「講(こう)」です。農作業だって、冠婚葬祭だって、集落のコミュニティが基本。みんなで積み立てをして、毎年2〜3人がお伊勢参りに出かけていました。だからこの頃の人は少なくとも一生に一度は必ず旅行に出かけていたんですよ。
──それは賢いやり方ですね。
神崎先生講を代表してお参り行くことにすれば、関所も「お伊勢参りなら仕方ない」として通してくれたんです。講の代表としてお参りに行く。つまり「代参」。その結果、生まれたものがあります。何だと思いますか?
──ちょっと想像つかないですね。
神崎先生ほら、日本人なら旅先でそれを買うために奔走するでしょう?
──分かった! お土産ですね!
神崎先生半分正解です。今、ミヤゲと言って頭に浮かぶのは「土産」でしょう? これは後から生まれた言葉。ミヤゲは本来「宮笥」と書いていた。
──どういうことですか?
神崎先生代参でお伊勢参りをするわけですから、ちゃんと行きましたという証拠が必要です。それが、お宮さんが下されたという意味の「宮笥」。草創期の宮笥といえばお札やお神酒を飲んだときの杯、神宮お墨付きとする暦が人気でした。「宮笥」が「土産」に変わったのは後世になってから。旅行の対象が伊勢神宮以外にも広がってその土地の産物を持って帰るようになったからなんです。
──ちょっと誰かにウンチクたれたい気分になっちゃう「へぇ〜」な話ですね。
神崎先生日本人が必ず旅先でお土産を買う習慣というのは、「旅行に行った」ことを自分が帰属する集団に対して示す必要があるから。加えて、「旅行に行かせてもらいました」という感謝をとかお礼をする、つまり精算する意味があります。お土産物屋に行くとまんじゅうとかクッキーでも小分けになっているのは、そういう需要が今もってあるから。皆さんが普段やっていることのルーツは、こんなところにあったりするんです。もっとも、最近は廃れつつありますが。
「お参り」を口実に
神社の門前でどんちゃん騒ぎ!
──ちょっと不思議なんですが、当時の旅行ってお伊勢参りして帰ってくるだけだったんですか?
神崎先生いやいや、そこにも「本音と建前」がちゃんとあります。「行きの地蔵に帰りの観音」という言葉が残っています。お伊勢参りでいうと、行きはメンバーが御師のエスコートでせっせと伊勢を目指す。お参りして、お札を授かって、代参としての役割をまっとうするわけです。帰りはもう遊び放題ですよ。伊勢の相の山(外宮と内宮の中間)は大層な賑わいでした。料理屋が立ち並び、遊廓があり、パラダイスですね。
──なんだか、日本人というのは調子がいいというか、合理的というか。
神崎先生日本全国からお伊勢参りに来ていて、年間で来訪者数は100万人くらいだったといわれています。100万人がお参りした後、その多くは宴会をするのがお決まりのパターン。そこで遊女たちが「伊勢音頭」を踊りながら宿泊客に顔見せをします。客は気に入った女性に声をかけ、夜の相手に誘います。伊勢の遊女に教えてもらった伊勢音頭を口ずさみながら、帰りの道中をいい気分で地元に戻る。そうして全国に伊勢音頭系のお座敷唄や盆踊り唄が広がったんです。特に盆踊りには伊勢音頭の替え歌が多いですね。
──江戸時代の旅行というのは、そこまで生活に根付いたものだったんですね。
神崎先生そうそう、最近じゃ女性の「おひとり様旅行」というのもありますが、江戸時代でも女性は旅行をしていました。ただし、若いうちは月の障りがあったりして面倒が多いですから、齢を重ねてからがほとんどだったようです。
──それ、今も変わらないですよね。観光地で一番元気なのはやっぱりオバちゃんですから。
神崎先生世の中が安定すると、女性もきちんと社会的な立場を確立できるんです。反対に男性は去勢されていく。草食系男子なんて言いますけど、男は旅にでも出てもう少し自分を磨く努力をしないといかんでしょうな。
──どうもありがとうございました。
神崎先生
神崎先生
神崎先生
『絵図に見る伊勢参り』(著:旅の文化研究所)には、江戸時代の旅の様子が詳しく説明されている。

絵図に見る伊勢参り』(著:旅の文化研究所)には、江戸時代の旅の様子が詳しく説明されている。

HOW TO JOURNEY?

オヤジが背中で語る! 日本男子の正しい旅の所作

神崎先生
神崎先生
神崎先生

お話をうかがった神崎さんは、温厚を絵に描いたようなお人柄。しかし意外と言っては失礼ですが、若いの頃に全国で残した旅先武勇伝の数といったらもう……。そこで、神崎さんに、自ら体で覚えた旅の極意を教えてもらいました。


現代人が失った旅感覚を取り戻せ!

「旅先ではハプニングがつきものです。大体、知らない土地に出かけるのだから想定どおりにいくわけがない。反対に思いもよらない嬉しい出来事もあったりする。

少し前の話ですが、研究視察で韓国に出かけたときのこと。遺跡見学で山奥を目指して歩いていたんです。フィールドワークもかねているので、途中の家々を訪ねて聞き取り調査も行うのですが、そこで古くから土地に伝わるどぶろくをご馳走になった。これが、もう美味い! そのうち雨が降ってきて雨宿りをしていたら、主人が気をきかせて肴を出してくれた。これはもう飲むしかないでしょう(笑)。

ところが、視察団ご一行様のなかにはそういう粋を分かっていない残念な方がいたんです。「どうしても遺跡を見に行きたい」と言ってきかない。時間は昼の2時過ぎ。山頂まで往復しても、普通なら夕方までに戻ってこれるでしょう。しかし、天候は雨。山の中腹で小雨だったら、山頂は嵐ですよ。そう言ってもきかないものだから、好きにさせました。案の定、濡れねずみですわな。

昔の人が「半刻前の旅じまい」なんて気のきいた言葉を残しています。昔は街道沿いに街灯なんてありません。日が沈めば追いはぎが出てくる。日没の1時間前には宿に入りなさい、そうじゃないと危険だよ、という教えです。現代人は日常的に身の危険を感じることはありません。生体として生命の危機に対応する力がにぶっている。ましてオヤジはただでさえ体力が落ちているわけだから、用心を重ねるに越した事はない。不測の事態にどう対応するか。シミュレーションをするような努力をしておかないと、いけないですね」

芸は身を助けるは、本当の話

「自慢じゃないですが、私は下手な板前よりもよっぽど気のきいた料理を作れますよ。理由は、まあ、大したことないんですが旅先でよく小料理屋の手伝いをしていたんですよ。

若い頃は民俗調査のために全国津々浦々を廻っていたんですが、研究費には限りがあるため滞在期間が短くなってしまう。できることなら、研究室に戻らず旅を続けたい。でも、お金がない。お金を工面するために考えた私の作戦が、小料理屋の裏方お手伝いでした。

場末の小料理屋なんて、台所にあるものは限られている。あり物素材でいかに切り盛りするかが、飛び込み板前の腕の見せ所です。3人前の素材をどう4人前 に仕立てるか。明らかに鮮度が落ちた魚をまともにして食べさせるか。そういう要領が得られたものだから、お金がないときは本当に助かりましたよ。

旅先で、芸は身を助けてくれます。何かちょっとしたものでもいいから、自分のなかに必殺技があると、嬉しいサプライズが訪れるかもしれませんね」

旅は浪費を覚悟して出かけろ!

「こうやって偉そうなことを言って来ましたが、当然最初から上手く切り抜けた訳ではありません。もう、ここでは言えないくらい恥ずかしいことや、危険な 目にもたくさん遭いました。

『旅の恥は掻き捨て』なんて言葉がありますが、私もそういうことがありましたよ。だから、旅は浪費なんです。お金だけでなく、時間も含めてね。その浪費を楽しめるかどうかが、旅の満足度につながると思います。オヤジだから慎ましやかに? そんなことありません。人生は一度切り、大いに旅を楽しみましょう!

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