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HDP的夫婦生活のススメ 愛しちゃった責任、とらせていただきます。
HDP的面白夫婦図鑑
烏頭尾秀章さん+知子さん 大学卒業直後に「おめでた婚」した二人。そろってグラフィックデザイナーの夫婦は職住24時間いつでも一緒。つかず離れずの「ためない」距離がトキメキのもととか。
烏頭尾秀章さん+知子さん

若くに出会ったふたりは、若くに結婚をし、若いときにたっぷり妻だけが苦労をした。このまま夫は感謝知らずの男になるかと思いきや……。超ハイセンスなアーティスト夫婦ながらも、夫婦として抱えている課題や夢は我々とけっこう同じだったりするぞと妙に安心したりなんかする物語をどうぞ。夫婦の基本形ってなんだろうね。

エッジィなカップルが夫婦になって壁を知る

 同じ美大&美術短大のスキーサークルで出会った2歳差カップルは、同じ年に大学を卒業すると、1年後には妊娠を機に結婚することにあいなる。
 ……と、事実だけを書けばこんな感じだが、時代が80年代であることをお忘れなく。当時の多くのカップルにとって「おめでた婚」は、そりゃもう山あり谷ありだったはず。なんせ、安室奈美恵ちゃんの結婚によって「おめでた婚」が広く認知されるようになったのが97年。烏頭尾夫婦はそれより約10年前ですよ、10年前。ご本人たちは「大変だった」としか語らないが、推して知るべしです。
 このようにナニゴトもトレンドの先行く烏頭尾さん夫婦。夫の就業形態もエッジィで、大学卒業後も美術やデザイン関係のフリーター(なんて言葉、当時はなかったけれど)を選択していた。「働き者だし、きちんと仕事もするのですが、組織や集団が好きじゃないタイプなんですよね」と知子さんが夫を分析すれば、「それでも、さすがに子どもができたと分かったときは、バイト先のマーケティング会社に『正社員にしてください』とお願いしましたよ。2年ほどしか続かなかったけれど(苦笑)」と烏頭尾さんは当時を振り返る。
 ちなみに知子さんは、大手企業でディスプレイの仕事をしていたが、おめでたを機に寿退社。それ以外に道はなかった。
 ともあれ、助走期間ゼロの結婚生活はスタートした。長女に続き、4年後には長男に恵まれる。

烏頭尾秀章さん+知子さん
神奈川の海岸に近い素敵な一軒家で暮らす。東京から生活の基盤をこちらに移して約20年になる。自宅内には、雑誌の表紙用に烏頭尾さんが作成したオブジェや、自作アートが飾られている。 近くの海岸に流れ着いた流木や貝殻、珊瑚。形が気になると拾ってくる。飾ったり、作品制作に使ったりしている。 烏頭尾さんの最新の趣味がアンティークのガラスボトル集め。光沢や手触りがたまらないのだという。オークションなども駆使して入手している。
蓋をあけると夫は「昭和の男」そのまんまだった!

 知子さんは、烏頭尾さんのことを「人あたりは優しいし、外見もイマドキだけれど、夫として父としては、長い間“昭和の男”だった」という。
 とにかくグラフィックデザインの仕事一辺倒。家事はもちろんのこと、育児にもほとんど参加しない。知子さんが子供たちの学校行事などに出かけようとすると、明らかに渋い顔をする始末だった。
「僕としては、たまの休日くらい、なんで俺の相手をしないんだよという気持ちでした。家事や育児に正直無関心でしたね。それより俺をかまえ、と」
 知子さんも「実質的なシングルマザー時代が長かったかも」としみじみ。よくある「大きな子供が余分にひとりいる状態」である。
 それでいてデザインの仕事も、腕に覚えのある知子さんがしっかり分担していた。フリーだったり、社員だったり、共同事務所を運営したり、またフリーに戻ったり、自分の会社を設立したりと、烏頭尾さんの仕事形態はしばらく落ち着かなかった。それでもデキる男・烏頭尾さんご指名の仕事は次々と舞い込んでくる。バブル景気の恩恵もあったことだろう。
 こういうときこそ、妻たる者が夫の仕事を支えずしてどうする? というわけだ。
 今のようにネット環境が整っていないころの話なので、知子さんは自宅作業だけでなく、事務所に出かけることも多かった。かなりきつかったはずだが、ご自身はさほど苦には思わなかったという。
「若かった、というのがまずありますよね。あと、夫がすごく頑張っていることをそばで見てわかっていましたから。さらには、結局は私も家のことだけでなく、クリエイティブなことをしたかったんですよ」
 自宅でも、仕事部屋に籠り、自分だけが忙しいと思っている夫の姿に内心忸怩たるものがあった知子さんだが、子供たちには決して愚痴は言わず、「お父さんはみんなのために一生懸命働いているのよ。本当は遊びたいのに疲れていてできないお父さんが、いちばん可哀想なのよ」と言い続けたそうだ。子供たちもそんな父親を素直に受け入れ「オトーさんって大変なんだね」と、ねぎらっていたそうだから、泣かせるではないか。
 このように働き者の夫と頑張り屋の妻でフル回転してきた烏頭尾家。
 しかし、37歳のとき、ついに知子さんは過労で倒れてしまう・・・。
 夫婦のあり方が、ターニングポイントを迎えた。

烏頭尾秀章さん+知子さん
事務所2階にはクライアントを迎えるための会議室もある。天使をモチーフにした烏頭尾さんのアート作品などがさりげなく配置されていて、自宅同様センスばつぐん。 青山の事務所にて。スタッフ打ち合わせ用の大きな丸テーブルがあるが、立ったまま素早くミーティング。
やっぱり、ひとりよりふたりのほうが落ち着くみたい

「ちょうどそのころ、仕事の質が変わり、社員も増えたので、僕にも少し余裕ができたんです。それでやっと気づいたんです。自分がいかに“感謝知らずの男”だったかと」
 そこで烏頭尾さんは、今までやらなかったこと、できなかったことに目を向けることにした。よりアーティスティックな作品を仕事抜きに手がけるようになっただけではなく、課題の家事や育児(すでに下の子は中学生になっていったが)にも積極的に関わることにした。夫の変化に、知子さんは「“昭和の男”で終わらずによかったと、本当にほっとした」。
 現在も烏頭尾さんと知子さんは、自ら経営するデザイン会社で共に仕事をしている。つまり、神奈川県の葉山にある自宅と東京・青山の会社との往復、仕事、そしてプライベートまで、オンもオフもほぼ夫婦一緒の時間を過ごしているのだ。正直これでは良からぬものが何かとたまるのでは?
「そうでもありません。だって仕事場では夫は別の空間にひとりでいて、私は他のスタッフと一緒。ですから、けっこう離れている時間はあるんですよ」と知子さん。
 ただし、ショッピングなどは一緒に出かけることが多いという。「買い物は一人じゃないと落ち着かないとか、一緒に出かけてもお互い別行動する人がほとんどだと聞きますけれど、うちは大丈夫。むしろ、買い物するなら一緒のほうがいいくらい」
 烏頭尾さんも「男のくせに僕は買い物がすごく好きなんですよ。それにもともと価値観が似ているんでしょうね」と言う。
 40代になってから、夫婦らしくなってきたふたり。子供たちも大きくなり、あらためて「基本形はふたり」の関係をじっくり味わっている。
「感謝が足りなかった分、これからは家族と社会に対して恩返しをしていきたいと思っています」と烏頭尾さんが言うと、「そう、そのとおり!」と知子さんは大きくうなずくのだった。

烏頭尾秀章さん+知子さん
10ほぼ毎年ハワイに行くふたりによって作られた本、『もうひとつの風景 僕の楽園(ハワイ)』『グッドモーニング 私の楽園(ハワイ)』は、2冊のあいだで物語がリンクしつつも、オアフ島の知られていないスポットや人物も紹介されているという凝った構成
[夫婦円満の秘訣3か条 烏頭尾夫妻の場合]
  • 一 意識して、着かず離れず

    自営業夫婦にとって時間&空間を意識的に分けることは賢い判断。一緒に長くいても「ためない・たまらない」距離をふたりで見つけていくことは大切である。

  • 二 行き当たりばったりでOK

    「十年後、自分たちはどうなっているのか?」を考えても不安になるだけ。それなら、今を一生懸命頑張ろうというスタンス。夫婦ともに、このあたりはお気楽なので助かっているという。

  • 三 同じ夢を見る

    センスや好きなものがよく似ていることもあり、価値観を共有することを大事にしている。今は「いつかブルックリンにあるような、半分がアートスペースで半分がショップのようなアナログな場所を作りたい」とふたりして考えている。

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